最近、ケイト・ブランシェット主演の「エリザベス:ゴールデン・エージ」という映画を見る機会があった。

スペインの無敵艦隊を打ち破り、大英帝国黄金時代のいしずえを築いたエリザベス一世の活躍を描いたドラマである。

その中にも出てきた、エリザベス第一の寵臣と言われたクライヴ・オーウェン演じるサー・ウォルター・ローリー卿であるが、これが実物は、また、なかなか面白い男である。

何度にもわたり新大陸(アメリカ)へと航海し、アメリカのバージニアという地名も、彼によって開かれ、生涯独身であったエリザベス女王にちなんでバージニアと命名されたとのことである。

じゃがいも、たばこなどは彼によってヨーロッパへ紹介されたという説もあるとか。

こうした新大陸で一旗あげようという試み以外に、アイルランドの紛争に身を投じ土地山分けのおこぼれにあずかったり、なかなかに大胆で破天荒な男であったようである。
そうした気質がお眼鏡にかなったのか、エリザベスには、一時、可愛がられるものの、その間に、エリザベスの侍女に手をつけたことが発覚、女王の勘気に触れ投獄されたり、果ては、罪を許され、エリザベスの寵愛を取り戻し、ジャージー島の総督に任ぜられたのも束の間、女王の死後は内乱罪に問われて投獄、その後、解放され南米探検に出かけるものの、スペイン植民地との間にもめ事を起こし、スペインの告発によってイギリスにおいて死刑に処せられている。

まさに波瀾万丈、有為転変の人生を過ごしたのがこのウォルター・ローリー卿ではある。

私の世代の人間にとっては、貴婦人の前の水たまりに自分の外套を覆い被せ、その上を歩いて渡ってもらうという「芸当」が昔から、有名であるが、これも、元祖はこのウォルター・ローリーであり、エリザベス女王のためにそうしたとのことである。

まさに、冒険家というか熱血漢というか、「男性的」を絵に描いたような人生をおくったローリーであるが、ただのマッチョではない。
教養面でも優れたものを持っていたようである。(でなければ、エリザベス女王もそれほど惚れることもなかったであろう)
彼は、最初にロンドン塔に投獄された時、有り余る時間を使って、「世界の歴史」の執筆に取り組むのである。

そこまでなら、よくある話であるが、面白いのはそこからである。
第一巻の執筆が終了し、これから第二巻に取り組もうという時に、ある出来事があって、彼は執筆を中止、それまで書きためたものをすべて燃やしてしまったという。

何が起こったというのであろうか・・・。

George Orwell ”As I please” にはこう記されている。
ある時、ローリーが寝起きする監房の窓のすぐ下で、監獄で働く者の間でけんかがあり、そのあげくに一人が死んでしまうという事件が起こった。
ローリーもその模様をつぶさに見ていたし、その後、いろいろな人に聞いてもみたが、どうして、そんなけんかが起こり、一人が死ななければならなかったのか、皆目見当もつかなかった。

そのあげくに、ローリーはそれまで書いたものも火にくべ、続篇を書こうという計画も放棄してしまったという。

「目の前で起こったことでも、『真相』はなかなか究明できないのに、大昔の話など分かるはずがない」

この話が本当であったら、ローリーはきっと、そういいたかったのに違いない。

自分自身が歴史を書き換えようと思っていたのではないかと思われるほどに、ダイナミックに自分の人生を生き抜いたローリーにとって、「ウソかホントか分かりもしない話」をしたり顔に、筆先で描き出そう(或いは「こしらえあげよう」)という行為は、独房に監禁されているより、はるかに「退屈」で「愚かしい」行為に見えたのではないだろうか。

ローリーが断頭台にあげられ、自分の首に打ち下ろされる斧を見せられた時の言葉は「これは劇薬であるが、すべての病を癒すものである」であったといわれる。(Wikipedia